クラスメートのアメリカ人マークは自他共に認める文学オタクである。 ならば想像に易しいが、ヘミングウェイに傾倒してスペインにやって来た。 (アメリカの偉大な作家ヘミングウェイは、 スペインを心底こよなく愛し、そのスペインを題材にした幾つかの名作を残している。) クラスにはEC諸国外の出身者が私とマークしか居なかったし、 迂闊に帰国出来ない母国の距離が同属連帯意識を産み、 何だカンダで私達は大変仲が良かった。 バカンスが始まり、周りが怒涛の一時帰国ラッシュを巻き起こしていた間、 居残り組みの私とマークはヘミングウェイを巡る旅をした。 細々としたルートを作成したのは勿論マークで、私はタダそれに便乗しただけなのだけれども、 (寄生と便乗が人生の柱となりつつある) これがナカナカに面白かった。 ルートはマークのオタクぶりが遺憾無く発揮された構成で、 小説の舞台となった場所は言うまでも無く、 ヘミングウェイが歩いた同じ道を歩き、 ヘミングウェイが通ったレストランへ赴き、 ヘミングウェイと同じ料理を口にし、 ヘミングウェイが余りの美しさに溜息をついた、 と言われている景色を前にして我々もキチント溜息をつく。 あぁ、本当にプロフェッショナルな旅だった。 マークの言葉の端々には何時もヘミングウェイの引用があった。 そんな訳でヘミングウェイが余り好きでは無かった私も 旅が終わる頃にはすっかりマインドコントロールされて ヘミングウェイおタクへの華麗なる変貌を遂げていたのであった。 そんなこんなでマークは我が家にもチョクチョク遊びに来るようになった。 そのうち我が家の住民どもにもスッカリ慣れ親しみ、 フと気がつけば殆ど我が家の一員と化していた。 そんな新・居候の誕生に我が家の歓迎ムードは高かった。 が、しかし1人だけ快く思っていない人間が居た。 フランス人ミシェルである。 ミシェルは根っからのアンチ・アメリカ派の人間である。 彼はマクドナルドを見る度にその歪んだ心(←念を押すがコイツは性格が悪い)を痛め、 「この素晴らしいヨーロッパ文化が、アメリカのゴミ増産システムに汚染されていく...」 などと日々悶々嘆いているような男なのだ。 今やマクドナルドは世界中に溢れかえりスペインでもNEWオープン店が続出している。 ファーストフードは「安くて早い」が売りなのだけれども、 スペインにおいてマックは決して安い食べ物とは言えない。 ついでに言えばスペインにおいて早さがモテハヤサレル事は至って少ない。 この国では星の数程あるCAFEで、惹きたて入れたての美味しいエスプレッソが、 キチントした陶器のカップに入って一杯100円程度で飲めてしまうのだ。 ビールだってちょっとしたオツマミ、それもポテトフライや魚のフライなんかがついて200円位。 食べ物に関してもタパスと言われるチョコチョコっとした小皿料理が1品100円位から存在する。 つまりスペインにおけるマックの利点ってものが、 極めて全く本当に希薄であるのにも係わらず、 何故だかマックには何時も人が溢れている。 なんでだ? まぁ、そんなマックはイイとして、 とにかく ミシェルはマークが視界に入ると、 何だか「苦虫を噛み潰したような」顔をする。 (私はミシェル程完璧に苦虫を噛み潰せる人間を見た事が無い。) そしてある朝ついに決定的な事件が起こった。 それまで厳格に守られていたフランス式朝食スタイルを、 図らずとも突然にマークがコーラで打ち破ってしまったのだ。 そもそも我が家の朝食は 一番早く起きた人が作るってな取り決めだった。 それが何故にミシェルの独裁政権下に入ったかと言えば、 カフェオレ・フェチのミシェルが、 カップは暖めてからだとか、ミルクが先でコーヒーは後だとか、 配分は3対7じゃなきゃダだとか、ネスカフェなんか絶対使うな!だとか、 イロイロいろとアンマリにも大変全くウザッたかった為に、 「んじゃ、お前やれよ。」 ってなコトになったのだ。 問題の朝は近くで山火事があって、そりゃ、もう、想像を絶する熱さだった。 だからついついマークが冷蔵庫からコカ・コーラを取り出して、 ミシェルの作った朝食とセットにして食してしまったのに決して悪意は無い。 (だいたいマークは典型的な♪何時でも何処でもコカ・コ〜ラ♪な人なのだ) しかし私達はその瞬間青くなった。 何故ならマークはミシェルの作ったトロトロのカマンベールオムレツにケチャップをドパドパと振りかけて、 朝から既に立派な苦虫をミシェルに噛み潰させて居たからだ。 (注:ミシェルにとってトマトケチャップとは、体に害を成す100%合成化学調味料だ。 だから我が家ではケチャップの代わりにトマトピューレやトマトの水煮を使う) そして今、更なる追い討ちをかけるコカ・コーラ... 事態は更に深刻化した。 何故ならそれが連鎖反応を引き起こし、皆が皆我先にとばかり冷蔵庫のコークに群がった。 暑い時のコカ・コーラ一気は最高に上手いっっっ♪ それは禁断の果実の味であった。 その日から我が家の朝食にコカ・コーラが解禁となった。 ミシェルにとって、それはアメリカの侵略に屈服したコトを意味し、 暫くの間全くご機嫌の悪い日々が続くのであった。 暑い日も続き、私達は狂ったようにコカ・コーラを飲んでいた。 そんなある朝、私はもはや通例となった寝起きコカ・コーラ一気をした。 が、突如として腹部に激痛が走った。 うんうん唸って死んでる私のベットに、ホットミルクを持ってミシェルはやって来た。 勝利と確信に輝いたその目は 「だからコカ・コーラは体に良くないって言っただろう?」 そう私に問いかけていた。 私はその日から朝食にコカ・コーラを飲まない人間となった。 どんなに、どんなにクソ暑くてもミシェルと二人、熱々のカフェオレを飲んだ。 カフェオレに平行して、 すっかりアメリカ文化側に傾倒し、 ヘミングウェイに始まり、C・ブコウスキーにまで至ってしまっていた私は 再びフランス文学にハマリだした。 それまで主に古典しか読まなかった私に、 ミシェルはエルヴェ・ギベールやB・ヴィアンを教えてくれた。 まあ、そんなコトはどうでもイイのだけれど、 最近、ミシェルとマークは最近上手くいくようになった。 ミシェルの性格の悪さは相変らずだから、マークが上手いコトやっているのだろう。 (ミシェルよ、早く大人になれよな。) |