野生のピンクフラミンゴに 会いに行く旅


マラガの北78KmのトコロにあるFuente de Piedra。
日本のガイドブックでは紹介されていませんが、
ココは野生のピンクフラミンゴの子育てを見る事が出来る
ヨーロッパで唯一の潟湖なのです。


フランスのローヌ川河口でもピンクフラミンゴを観察する事が出来ますが、
子育てを見る事が出来るのはFuente de Piedra だけ。

是非是非足を伸ばしてみて下さい。

Fuente de Piedra、この湖の歴史は古く、ローマ時代にまで遡ります。
皇帝トラヤヌスは塩分を多量に含むこの湖の水を、
肝臓病の治療薬として取り寄せていたと史実にあります。

更には美食家(?)として名高いローマ人達は、
その時代からFuente de Piedraに数多く生息していたピンクフラミンゴを、
珍味として食用に大量に捕獲し、ローマまで運ばせていたと言われています。

そんな訳で、この湖から僅か1000mの所にある同名の村は、
ピンクフラミンゴのお蔭様で古くから大変潤っておりました。
人の出入りも多かったので、それを狙ってかこの辺りには数多くの山賊がはびこり、
旅人を震え上がらせていました。

中でも有名なのが「カルメン」の作者であるメリメが、
スペインのロビンフッドとまで崇め傾倒したホセ マリアです。
彼のお墓が隣村のAlamedaの教会にあります。

神出鬼没な彼を称して、人々は「El Tempranillo 素早い男」と呼びました。
野郎どもには冷徹だけれども、女子供には決して手を出さず、
物腰柔らかく気品を持った山賊、メリメはそんな彼をモデルに作品を書きました。
しかし実際の彼は、メリメが描くような紳士には程遠く、
ま、しかしコレについては、次回山賊の章を書くつもりなのでココでは触れませぬ。(だしおしみ)

悲劇は1884年のクリスマスの日、
マラガ、グラナダ地方を襲った大地震は、この村に破滅的なダメージを与えます。
多くの人がこの村から出て行ってしまいました。

再び、かつての繁栄をこの村にもたらしたのは、塩の採掘でした。
しかし塩の採掘によって邪魔者となったフラミンゴの迫害が始まるのです。
多くのフラミンゴが銃弾の餌食とされ、
塩の採掘がお金にならなくなる1951年頃までその惨劇は続きました。

フラミンゴの訪れない年月を経て、
再びこの地にフラミンゴが訪れるようになったのは1963年頃です。
1981年には辺り一帯が厳重な保護区とされ、一切の狩猟が禁止されました。

さてさて、フラミンゴは2月の終わり頃に集団となってこの湖にやって来ます。
その後暫くの間、求愛の歌とダンスが休む事無く繰り返され、
その鳴き声は2km離れた場所からでも聞く事が出来ます。

目出度くカップリングに成功した夫婦は、嘴で機用に泥で出来た台形の巣を作ります。
わずか500uたらずの小島に、所狭しと3000から4000の巣が窮屈に押し込められる様は、
大変面白く、興味深いです。



4月の終わり頃に雛が孵ると一定の場所に集められ、
何羽かの大人のフラミンゴが交代で監視につきます。まるで保育園ですね。
そして残りの大人達は?と言えば、餌を探しに出かけます。
餌を獲得し戻って来ると、口移しで子供達に餌を与えます。
チビちゃん達が成長して歩けるようになると小島の上でこちょこちょとヤンチャな動きを見せ、
観察していると微笑ましい気分になります。

そして3ヶ月程した8月の終わり頃には幼かったフラミンゴ達も
両親にくっ付いてアフリカへ渡れる程に成長します。


長さ6.5km、幅2.5kmの、ステップ性の湖としてはスペインで2番目に大きいこの湖は、
フラメンコに限らず76種類の野鳥を観察する事が出来ます。
一週して約3時間程のこの湖は、ゆっくりと散策して頂きたいですね。
しかし天気が良いと日光を遮るモノが何も無いので、死んでしまいそうな程に暑いです。

1つ注意して欲しいのは、最深1.5mという乏しい水量の為に、
夏になると多くの場所が干上がります。
フラミンゴは水辺に浮かんだ小島に巣を作るので、
その年の水の在りかによって観察出来る場所が異なります。
うんと近くで観察出来たらラッキーなのですが、確率として双眼鏡は必要かと思われます。



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