無題


セルヒオは確かにちょいと我侭ではあったけれど、
明るくて、人懐っこくて、面倒見が良いので誰からも好かれていた。

お父さんは銀行マン、お母さんは大学の教師、そしてセルヒオは一人っ子。
両親は日頃忙しくて構ってあげられない分
セルヒオに贅沢過ぎる程のお金を与えていた。

そしてセルヒオはそのお金を湯水のように使っていた。
大変金離れの良い彼に、ちゃっかりモノ達は何時も群がり
その派手な夜遊びは小さな街の隅々にまで知れ渡っていた。

750のホンダのバイクを乗りまわし、フェロモン系の彼女と何時も一緒、
勉強もスポーツも容姿だってソコソコにイケテいる。

何だか笑っちゃう程典型的な「お金持ちのボンボン」なのだ。

セルヒオは道で私を見かけると、何時でも大袈裟な程に驚いて
「僕の愛車を生み出してくれた麗しき国のお譲さん♪」
そう呼んで私に恭しく挨拶のキスをする。
それから私達は色々な話をする。セルヒオは何時も私に色々なコトを教えてくれた。
私はそんなセルヒオが大好きだった。

そんな彼が白い粉に手を出した。
あるパーティでSEXの時に使うと最高だなんて悪友に勧められて、
エクスタシーに手を出したのが始まりだった。

下手にお金を持っているモノだから彼はどんどん薬にハマっていった。
そのうちコカインで鼻の粘膜がやられ鼻血を出すようになった。
感情の浮き沈みが激しくなり
変にハイテンションになったかと思えば急に不機嫌になる、
更にはちょっとしたコトで暴れ出すようになった。

気が付けばセルヒオは真夏なのに長袖を着ていた。
もう、手遅れだった。
彼は注射をやり始めたのだ。

まるで悪い映画でも見ているかのようだった。
転がって落ちて行く、なんて生半可なものでは無く、
まっさかさまに落ちていく
そんな感じだった。

セルヒオの手持ちの金は全て薬に消えていった。
それから親にナンダカンダと金をせびるようになった。
それがそのまま右へ左に薬となり、
彼の体に吸収されていった。
見るに見かねた友人達が両親に忠告し
セルヒオはマドリッドの麻薬更正施設に入れられた。

3ヶ月が経ってセルヒオは帰って来た。
げっそりと痩せて、 別人のようになって。
セルヒオは麻薬更正所での体験を
刑務所よりヒドイ所だったと力無く笑って答えた。

夏のはじめ、うだる暑さの街を抜け出して、
セルヒオと私達はチョーロへ行った。
昔のように、何時ものように パエリアを作ってワインを飲んだ。
フアンが何時もの馬鹿話を始めた。
私達は腹を抱えて笑った。
セルヒオも皆と一緒に笑った。

顔をクチャクチャにして笑う
何時ものセルヒオがソコに居た。
気の合う仲間とワインさえあれば
私達はこんなにも楽しくなれる。
私 達 は 薬 を 必 要 と し な い
そんな簡単でいて、とても大切なコトを、
セルヒオに思い出して欲しかった。

学期末試験があって、私は暫くの間彼の住むロンダの街に遊びに行けなかった。
人づてにセルヒオが再び又、あの忌まわしい通りに舞い戻ってしまった事を知った。
その通りは昼間から麻薬中毒者達がタムロし、
薬や女の売買が公然と行われる、
普通の人なら近づかない忌まわしくも危ない通りだった。

親の監視が厳しくなり、もうどうにもお金をくれない事を知ったセルヒオは
オーディオや皮ジャン、とにかく手当たり次第に自分の持ち物を、
そしてあんなに大切にしていたバイクまでも売ってお金に替えた。
そして彼は薬を買った。

底が尽きると家のモノをこっそりと持ち出しては売り捌いた。
ついにはモノを盗んでまでお金に替えた。
そしてセルヒオは
薬を買った。

それからセルヒオは返すアテの無いお金を友達にせびるようになる。
彼にお金を貸す事は、彼に薬を売る事と同じだ。
どんなに泣きつかれても、どんなに罵られても、
セルヒオには決してお金を貸さない。
それは私達に課された義務だった。
彼の転落に対する
ささやかではあるけれど精一杯の抵抗だった。

ある日私達は行きつけのBARでセルヒオを見つけた。
すっかり窶れ、顔つきまで変わっていた。
私達はセルヒオに近づき話しかけた。
彼はどんよりとした目で私達を眺めた。
そしてお金をねだった。

私達が断るとセルヒオは吐き捨てるように言った。
「昔は人の金で好き放題やってた癖にな。とんだ友情だな。」
机を蹴飛ばして
彼は店から出て行った。

悲しいような、情けないような、悔しいような顔をして、
私達はその後姿を見ていた。
何時までもずっと見ていた。

落ちて行く人間を救うのは生半可な気持ちでは出来ない。
どんなに泳ぎの達者な人でも溺れている人を助けるのは命懸けだ。
だからセルヒオ母親は講師を辞め、ただの母親に戻った。
そして四六時中彼を監視した。
けれどもセルヒオは母親の隙を見ては逃げ出して
薬を買った。

ある週末ロンダへ遊びに行った。
バス停の人込みの向うにセルヒオを見つけた。
私は大声で彼の名を呼んだ。
セルヒオは振り向き、私の顔を見た。
けれどもスグに顔を背けると横道に入って行った。

私は走って追いかけ、セルヒオの名を呼びながら彼の腕を掴んだ。
その瞬間、彼は私の手を強く振り払った。

思いがけない激しい拒絶に、私はビクっとして立ち竦んだ。
セルヒオはハッとして私を振り返った。
そして何かを私に言おうとして、
言おうとして、口をつぐんだ。

それから振り払った手をゆっくり下げると、

何も言わずに歩き出した。
私から離れていった。


私はバカみたいにソコに立ち尽くしていた。
どんどん小さくなっていくセルヒオを
ただただ視界の中に置いて。

何故だか涙が溢れてきた。

セルヒオが何処か遠くに行ってしまうような気がした。
何処か、何処か遠くの、手の届かないトコロへ。
取り返しのつかないコトをしているような気がして、
後悔と、不安と、そして何だか良く分からないモノで胸が押しつぶされそうだった。
息も出来ない程に苦しくなった。

まだ間に合う。まだ間に合う。
今から走り出せばセルヒオに追い付く。
呼びとめなきゃ。呼びとめなきゃ。
けれども私の足は一歩も前へと進まなかった。
私の体は全く動かなかった。
動けなかった。
私はそんな自分を軽蔑した。心から軽蔑した。

セルヒオの両腕は注射針でボロボロになった。
免疫が弱くなり、針跡からの血が止まらず、それはやがて醜いカサブタとなった。
なのにセルヒオは、その醜いカサブタの上から針を刺した。
幾度と無く針を刺した。
そしてもう、その腕を隠そうともしなかった。

薬が彼の全てとなった。
薬を打つ為に彼は生きていた。
どんな言葉も、どんな気持ちも、もうセルヒオには届かなかった。

この戦いに疲れ果て、自分達の力ではどうにもならない事を悟った両親は、
セルヒオを再び麻薬更正施設に入れる事を決心した。

その日の夜セルヒオは家を抜け出した。
次ぎの日の朝
捜索願いを出した両親と警察は、
新市街のハズレの駐車場でセルヒオを見つけた。
盗んだ車の中で薬を打っていたのだ。

余りにも大量の薬はセルヒオの心臓を粉々に破裂させた。
彼は注射針を手に 小さく丸くなって
助手席で死んでいた。


多くの人がミサに集まり、余りにも呆気ない21歳の死を惜しんで泣いた。
それぞれが
それぞれの思いを抱えて。

あちらこちらで彼の死は自殺だったのだと噂された。
そんなのどうでもイイ事だと思った。
私はただただセルヒオの喪失が耐えられなかった。
こんなにも簡単に「セルヒオ」と言う存在が消えてしまうのが
何だか不思議でしょうがなかった。
信じられなかった。

8月の、何処までも何処までも青い空の下、
セルヒオは大地に埋まった。

セルヒオを思う度に浮かんでくるのは、
あの時、あの横道で、 最後に見た彼の顔だ。

あの時、あの横道で、

セルヒオを呼びとめる事が出来てたら。

何度と無く繰り返した仮説だ。

幾度と無く繰り返した自己嫌悪だ。

私の大好きな夏。大好きだった8月。
あの日から
8月が来る度に
私は何だか切なくなる。

スペインの、あの何処までも何処までも青い空を思い出す度に
私は今でも切なくなる。

今度のバカンスには麗しの日本に行こう。
日本に行ったら友達を沢山紹介してくれよな。
特にキュ〜トな女の子をね♪
何時もセルヒオは私にそう言ってた。

あの日から5年が経った。

そして今、私はやっとセルヒオとの約束を果たす事になる。

日本の友達に
私の大好きなセルヒオを紹介します。

ホンダのバイクを何よりも愛していて、
ドラゴンボールにハマってます。
一緒にマラガの本屋まで漫画を買いに行きました。
私の良き師匠でもあり
イケナイ言葉を沢山教えてくれました。
確かにちょいと我侭で、女ったらしではあるけれど、
楽しくて、優しくて、頼り甲斐のある、
とってもとってもイイ奴です。


8月12日
このペ-ジをセルヒオに捧げます。


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