アンダルシアの憂鬱


ちょっとナ〜バスになった時、悩み事がある時、一人になりたい時、
私は何時もロンダへ行く。旧市街の外れにあるロンダの城壁へ行く。
私を魅了して止まない美しい大地が、偉大なる大地が、
大きく大きく目の前に広がるあの城壁に行く。

日差しが柔らかくなる頃ブラリと出かけ、
随分と長い間ソコでボ〜っとして過ごす。
城壁からは大地が、
そして少し目線を左に逃せば、
アンダルシア地方特有のチマチマした白壁の家並みが見える。

目に眩しい白い家の連なりは、
何処までも青い空とのパキパキしたコントラストを見せつけている。
青空と、白壁の家と、呑気な空気は
アンダルシアに行けば何処でだって見る事の出来るお馴染みの風景なのだ。

トコロで何故に白、なのか。
50℃にも達する地区があるアンダルシアの強烈な太陽の光を反射させる為、
芸術的観点から白壁を鉄格子や鉢植えなどによって装飾し光と陰を強調させる為、
飾りタイルの色彩効果を際立たせる為、
だとか言われている。


ローマの伝統を基に、他のどの地方よりもアラブの影響を受けているのがアンダルシア地方だ。
狭く曲がりくねった迷路のような道にはしばしばアーチが掛けられ、
至る所に設けられた小さな小さな広場へと繋がり、
其処にはアラブ風の背の低い噴水や、井戸、モニュメントがヒッソリと置かれていたりする。

そして忘れてはならないのがパティオの存在である。
レンガや化粧タイルを敷き詰めた中庭に大小様々な花鉢を飾り、
聖母マリアの祠や、熱い夏に涼しいイメージを与える為の井戸や噴水などを設える。
トコロで、見るからにエキゾチックな感のあるパティオを発想したのは、
やはりイスラム文化をこの地域に植え付けたモーロやアラブ人であるのだけれど、
典型的なローマ建築様式である井戸の発想を含めて、
一体化されたチャンポン様式、とでも呼びたくなる不思議様式でパティオは作られている。

アンダルシアを旅していれば、至る所でそんな共存、共有、
何だか良く分からないけど、綺麗だから、ま、いっか 様式に出会える。
パティオだけに留まらず、デカイものではSEVILLAにあるヒラルダの塔。
キリスト教的建築とイスラム教的建築が溶け合って、共鳴して、発光して、
ため息が出る程に優美華麗な建築様式と成り得ている、のもあれば、
その反面、繊細の極みであるイスラム建築の中に、
強引(人々は皆、強姦と呼ぶ)な形でルネサンス様式の宮殿を押し込めてしまった
アルハンブラ宮殿のような唖然呆然建築様式、
とも言えるような、何ともスペインらしい建築物を楽しめるのがアンダルシアなのだ。

夕暮れが近づくと、白い街は淡いピンク色からセピア色に染まっていく。
そして、
どうしても見逃したく無い「一瞬」がやってくる。

日が暮れて、真っ暗になる直前の街に、
ポッと街灯が灯るその「一瞬」だ。
この「一瞬」がどうしても見たい私は、
瞬きするのもモドカシク、城壁の上に身を潜めてじっとその瞬間を待つ。

泣きたいような、切ないような、寂しいような、ナンダカナみたいな。
胸を締め付けられるような複雑な思いを抱いて、
私はその「一瞬」に魅了される。

アンダルシアの景色は、何処かしら切なげな「憂い」を必ず含んでいる。
街が、大地が、この抜けるような青い空でさえ、
何だか深い悲しみを抱えて佇んでいるように見える。

バカンスシーズンともなればヨーロッパ中から、
老いも若きもアンダルシアを目指しての民族大移動が始まる。
物価が安く、そして何よりも太陽がギラギラに輝くアンダルシアは、
日照時間の少ない北欧やイギリス人達にしてみれば、
楽園以外のナニモノでも無いのだろう。

そんな「この世の楽園」であるアンダルシア、そしてスペインは日本で「光と陰の国」だと言われている。
強烈な日差しと、
建物が作り出す気味が悪い程に深い陰とのコントラストを指して人は言うのだろうか?

かつて無敵艦隊を携えヨーロッパを統一し、
更には新世界を発見してこの世の富を独占した大帝国スペインが、
今ではECのお荷物とまで言われる。
そんな歴史を喩えて人は言うのだろうか?

ヨーロッパ屈指のバカンス大国であるスペインのヨットハーバーには、
世界中の金持ちの見事なクルーザーがひしめきあい、
海岸沿いには夢のような豪邸が立ち並ぶ。

しかしスペインは貧しい国でもあるのだ。
年々増え続ける失業率、大学を出ても思うような職種には就けない。
未来に夢を見出せない若者は、
薬の力を借りて夢を見る。
そしてこの国の老人達は、今だ癒えない内戦の傷を背負い、
全てを諦め生きている。

アンダルシアの憂鬱、
あぁ、されどやっぱり

アンダルシア
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